小村雪岱の香水壜

osamuharada2005-01-11

イラストレーターになり立ての20代に、挿絵と装丁デザイナーの小村雪岱に夢中になりました。戦前に亡くなったので、神保町の古書店や、銀座の奥村書店などに通って作品を集めました。当時はほとんど忘れられていた人だったので、装丁本もまだ安く買えたわけです。泉鏡花などの版数の少ない特装本でもまだ簡単に手に入りました。久保田万太郎水上瀧太郎などの雪岱装丁にも、それぞれにふさわしいデザインがあります。雪岱を教えてくれたのは、ぼくのおふくろでした。若い頃に好き過ぎて挿絵をスクラップしていたほどでした。当時は「雪岱ゑがく」と、着物を着た美人の形容詞に使われていたくらいに流行した挿絵画家だったんですね。雪岱以前には「清方ゑがく」と鏑木清方の時代もあったようで、竹久夢二のエキゾチック大正ロマン美人とは系譜の違う、清方と同じく江戸浮世絵の流れをくむ美人画でした。鈴木春信から歌川国貞などがそのルーツでしょう。装丁もまた日本美術の伝統を踏まえながらも、まるでバウハウスのようなモダニズムを感じさせてくれます。いま見てもすこしも古さを感じさせない、新鮮なる美しさが不思議なのです。ほんとうの新しさということは、古びないということだと思いました。
先月、銀座の資生堂のギャラリーで、山名文夫のイラストとデザインの展示の、オマケ的な感じで、大正時代の一時期、資生堂意匠部に在籍していた雪岱の作品展示もありました。そこでは今まで見ることのできなかった、資生堂のための挿絵と包装紙の下絵などと一緒に、雪岱デザインの香水壜(大正10年発売)が出品されていました。息を呑むデザインです。江戸時代の吹きガラスの徳利のような、まったく日本的な形体に、金一色で、丸のなかに菊花と香水の銘である「菊」のひと文字。金の梨地エンボスの箱にも同じ絵柄が配してあります。余計な装飾も気負いもない、一見あさっりとしたデザインこそ江戸の粋に通じる姿です。まさに「雪岱ゑがく」着物美人にこそつけて欲しい香水という感じです。山名文夫の欧米丸写し物真似デザインとは一線を画して、身についた伝統のうえに立つデザインの奥深さと気品に打たれました。もうここまでの洗練された仕事は、今後の日本人からは出てこないことでしょう。ここまで伝統を見失った民族からは無理でしょうね。ギャラリーではレプリカを売っていたので、男に無用の香水なのについ買ってしまい、本棚にある雪岱装の鏡花本の前に置いてみました。古風な香りもまた、古本に合ってるような気がしてきました。