冬の沖縄日記

osamuharada2015-02-27

冬の沖縄滞在も今年で五年目。すっかり馴染んできました。平均気温は20度前後、湿度はやや高めでぼくには過ごしやすい。このBlogで振り返ると、一番寒い二月には、沖縄から飛びたってハワイや台湾へ出かけていました。冬でも温暖なところから、さらに暖かいところへ移動していたことになる。つくづく寒さと乾燥が苦手になってしまったわけだが、これは慢性的な鼻炎のせいだと思っています。大病したことはないが、寒いとすぐ鼻風邪をひいちゃう。子供の時からずっと鼻が悪かったのです。それで思い出したこと…。
小学1年生のときに、築地の耳鼻科医院へ通っていたことがあります。そこの建物は、もと料亭か和式の別荘といった風情で、病院という感じはまったくしなかった。門構えがあって、松があるアプローチの飛び石には水がうってある。広い玄関の格子戸を開けて中の土間に入ると、靴脱ぎの巨大な石が置いてあった。あがると畳の上にはペルシャ絨毯が敷かれ、ゆったりとした別珍のソファがあり、待合室というよりは立派な応接間なのでした。トイレにゆくのも、中庭に掛かった竹の渡り廊下があった。暗い診察室だけは洋風書斎といった佇まいで、ステンドグラスの窓がある。お鼻の先生が尊大にみえたのは、こっちが子供だったからなのだろう。はじめは怖かったが、なれたら柔和な先生でした。
築地という土地柄らしく、邦楽関係の人や歌舞伎役者、芸者さんなどが患者さんできていた。若くして名人とうたわれた六代目の清元延寿太夫さん(オフクロが大ファン)もよく着流しで来ていた。のどにガーゼを巻いた姿を覚えている。ぼくはなんだか大人の世界に足を踏み込んだような気分になって、鼻の治療は嫌だけど、そこへ通うことが苦ではなかった。
その待合室の壁に、小さな、キャンバスでいうと4号くらいの、川端実先生の油彩画が掛かっていました。どこかヨーロッパの公園の並木道を、抽象的に描いた風景画でした。グレーがかった空に白い雲、並木の渋いグリーンがひと刷毛でさっと表現されていた。単純な構成なのに何度見ても爽快な印象が変わらない。いつも眺めているうちに、すっかりその絵に魅了されてゆきました。
オフクロがお鼻の先生と話しているうちに、そこの息子さんが通っているお絵描き教室があることを知り、ぼくも習いたいよということで紹介状をもらって行ったのが、青山の川端実先生のアトリエなのでした。それから先は、拙著『ぼくの美術帖』に書いたとおりですが、今にして思えば、鼻が悪かったのがぼくにはラッキーなのでした。鼻の災い転じて福となす。ひとの人生なんて、何がきっかけになるか判らないものですね。
写真は沖縄仮寓の近所。教会で飼われているメメちゃん。散歩の途中で名前を呼べば「メーっ!」と答えてくれる。