ニューヨークの休日

osamuharada2013-06-12

ニューヨークへ来ています。このMack Book Airも、iPad miniも難なくつながるところが、昔とは随分かけ離れた時代になったなァと実感しつつ、コレ書いています。さすがパソコン、情報がやたらと早い。自分が何処にいるかも3Dの地図にすぐに出るとは。しかしながら、NY在住の知人Tさんの情報が、何といっても一番早く正確で、おおいに助かっちゃう。機械よりも、感情を理解できるヒトのほうがありがたい。
昨日は、昔もむかし四十四年も前(1969年)に初めてニューヨークへ来た時に住んでいた場所見学の、ぶらり散歩とシャレこみましたよ。セントラルパーク西の通りから入った69丁目の横町。この界隈が現在もそのままちゃんと残っているのには驚いた。通りの樹木がおい茂り、緑のトンネルになっているところが気持ちよい。あの頃すでに建って100年くらいのはずだった、低層建物のStudio Apartment。暗くてボロ部屋(ゴキブリも住む)だったけれど、出て右に3分も歩けば広大なセントラルパークに出られた。68丁目に住んでおられた川端実先生と散歩もできた。飼い犬ジョージ(コリー犬)の散歩係りも仰せつかった。通りすがりの人から必ず「ラッシー!」と呼ばれていたっけ。いつも公園を抜けて、歩きで近代美術館や、グッゲンハイム、ホイットニー美術館、メトロポリタン美術館などへ通っていた。公園にはヒッピーたちがたむろして、反戦ムードだったが元気のいい賑やかな時代でもあった。アポロ月面着陸の生中継映像も、公園の広場Sheep Meadowの大スクリーンで観た。ジェファーソン・エアプレーンが前座で演奏するといった一大イベントで盛り上がった。広場では、その頃流行りだしたフリスビーなどというものにぼくは熱中した。ヤツガレもまだ青き23歳の頃でありました。(写真はそのシープ・メドウ)
すぐ近く72丁目の表通りに、後にジョン・レノンが撃たれたダコタハウスがある。というより、あの頃は映画『ローズマリーの赤ちゃん』の悪魔が棲む館としてしか見ていなかったので、たいそう気味悪い建物だなと思っていた。いま久しぶりに見てみると、映画は実にうまい場所を選んだもんだと感心してしまう。ほんとに悪魔がいそうなデザインのディテールが随所にある。怪奇なヨーコもまだいるかもしれないし…。現在はレノン観光名所となっているようで、撃たれた入り口付近で、みんな楽しそうに記念撮影をしている。
当時封切りの映画は、『イージー・ライダー』や『真夜中のカーボーイ』。ぼくも横断してきたばかりのアメリカ大陸の情景や、ニューヨークの現実をよくとらえている、とリアルに感じることができた。アメリカン・ニューシネマの始まりだった。ヒッピー・ミュージカル『HAIR』も、現実を反映していることは、ぼく(ヒッッピー嫌い)にも素直に理解ができた時代でした。
過ぎた日を忍ぶ散歩というものは、ちょっと感傷的にもなるけれど、昔の建物そのものが現存していると、簡単にタイムスリップができちゃって面白い。昔の自分にめぐり会うことができる。年老いたことさえ忘れてしまう。さて明日はどこを「ぶらり散歩」するかな。