アトリエ日記

osamuharada2012-10-23

夏に本の虫干しをした続きで、こんどはアトリエに積み重ねてあった絵の虫干しをする。ついでに古い掛軸も、箱から出して壁につるし干してみた。これは祖父の形見にもらった、松林桂月(1876〜1963)の水墨画。神社の拝殿の、あの大きな鈴です。軸の長さは2mもある。幅が30cmでかなり細長い絵。床の間というものがなければ、なかなか思いつかない極端に長いサイズだけれど、鈴の縄がずっと下までたれさがっているので、この画題にはちょうどピタリと合っている。しかしアトリエの無機質な白壁にポツンと下げると、どことなく居心地が悪そうだ。
まだ美大生の頃、オフクロに頼まれて、車で使い物を祖父宅へ届けにいかされたことがあった。ジイサンは、よく来た、まァおあがりと居間で煎茶を入れてくれた。茶を飲みながら見ると、床の間にこの鈴の軸が掛かっていた。ジイサンは、「桂月先生、ほろ酔い気分で描いたもんだから、これはだいぶ、機嫌がいい絵だね。」とにこやかに笑いながら言った。絵には〈桂月酔墨〉と自賛がある。いつもはきっちり写実的に描く桂月さんの、テレかくしなんでしょう、水墨ならぬ酔墨だって。ぼくは絵よりも、「機嫌がいい絵」というジイサンの言葉のほうがすごく気に入ってしまったな。という懐かしい絵なのです。いま思い出したが、ヤツガレの若年からの煎茶好みも、この祖父からの影響なのでした。
左のアブストラクトは、二十五年くらい前だったか、桐の板に描くことに、かなりハマっていた頃の、ヤツガレの絵です。ある時、桐箱の蓋に描いてみたら面白くなってきて、浅草の箱屋さんに大量注文した、つまりオリジナル桐の板製キャンバスなのです。自然木の板目と色に合わせて、水墨で描いていました。淡墨の部分は、本藍だけでつくった珍しい墨で、書道家の知人がくれたもの。写真で色は出ないけれど、本物のインディゴ・ブルーなのです。意味を持たない抽象なので、何も説明することはありませんが、倉庫から久々に出して見たら、これも機嫌よく描けていたよな、など思い出し、なんとなく桂月酔墨「機嫌がいい絵」のお隣に並べて、ただいま虫干し中であります。