映画『裸の大将』

osamuharada2012-10-12

【また映画の話題です】  立ち読みした週刊文春の、小林信彦さんのコラムで、映画監督・堀川弘通さんが亡くなったことを知った。九十五歳。堀川監督といえば、ぼくには1958年『裸の大将』という大好きな映画がありました。懐かしい山下清のプリミティブな風景画を見ることもできる、からっと明るい大人の喜劇作品。残念ながらDVD化されていないので、むかし買ったレーザーディスクを探し出して再見。撮影が中井朝一だというのに、古いLDだから、横長画面の両サイドがカットされている。映像好きにとっては許しがたい画面だがいたしかたない。
映画『裸の大将』は、山下清という稀有な素朴画家の、放浪のお話。愉快なロード・ムービーです。精神薄弱者を演じる小林桂樹の、まさに当たり役でした。あっけらかんと山下清を演じきってあますところなし。堀川弘通監督に、水木洋子の脚本も、あくまで客観的に、つきはなしてこの山下清を描いている。戦中から敗戦後にかけてが映画の時代設定なのに、陰気なところは微塵もない。湿っぽく情緒的なところもまるでない。明朗このうえない喜劇でありながら、小林桂樹が得意とする〈馬鹿正直〉なツッコミの見事な演技力で、さらにこの映画は優れた〈社会風刺劇〉にもなっている。
とにかく見はじめたら最初ッから可笑しくて、可愛くて、顔がほころんだままになっちゃう。それにはまた配する脇役たちが、みんなチャーミングだからだといえるでしょう。あまりに的確なキャスティングに、ため息が出る。名バイプレーヤーのオンパレードという感じ。ぼく好みの脇役陣では、まず沢村貞子という大物が出て圧倒的なすごい芝居を見せる。お人好しでおせっかいでおしゃべりな、汲み取り屋のオバサン役の、名演技! 
そして山下清が雇われる弁当屋のシークエンスがまたたまらない。多分、名前を言っても誰もご存じないかもしれない、超マイナー脇役の 谷 晃さん 。実は、ぼくはこの人がちょこっとスクリーンに出てくるだけで幸せな気分になる、という大ファンなのですよ。黒澤明『用心棒』では、巨人男とコンビで花札をやっていたヤクザの子分役。風貌が、ハンナ・バーベラのアニメ漫画に出てくるブルドッグによく似ている。絵になる猪首と短躯の素晴らしいキャラクター、いいなぁ 谷 晃ッ!
さらにこの弁当屋には、かつてぼくが子供ながらも、その色っぽさに悩殺された中田康子まで働いているから嬉しいじゃないの。いま見直しても悩ましくなる女優さん。 そして弁当屋の長老格のオバサン役には、あの三好栄子まで登場しちゃう。小津安二郎『お早う』では、猛烈なおっ母さん役(杉村春子が娘)で笑わせてくれましたよね。皆さん東宝の専属俳優。その他にもぼく好みの役者だけでも、東野英治郎加東大介千石規子、森川 信、中村是好、と続々登場する。さすが日本映画の黄金期だな。ラストでは当時テレビで人気上昇中のクレージー・キャッツの面々がカメオ出演。つまりこれ当時は「娯楽超大作」の映画だったのです。
山下清の風景画も美しい。放浪中にスケッチをしている場面がないのは、実際に山下清はすべて記憶のみで後で絵を描いたからなのです。隅々まで異常な記憶力の持ち主でした。そこが子供の絵とは一線を画すわけですね。はたして芸術家といえるかどうかは難しいが、日本の四季風土を描いたイラストレーターと考えたらわかりやすいかも。もっとも本人はどう思われようが関係なかったはず。そんなことより、イノセントで、真に「自由人」であり続けた山下清。その点をこの映画は強調し、讃美をしているのです。 映画も立派な文化遺産東宝さん、ハイビジョン・リマスタリングして、是非とも放映して欲しい一本です。
追記〔脇役マニアさん向け〕谷 晃 Filmography → http://www.jmdb.ne.jp/person/p0264290.htm