日本橋浜町・明治座

osamuharada2012-05-10

先月、長山洋子の民謡演歌を聴きに、日本橋浜町明治座へ行きました。人形町でタクシーを降りて、懐かしの甘酒横丁を久しぶりに歩く。つづら屋や三味線屋の前を通り過ぎた先に、「いとう愛信堂」という小料理屋が昔あったあたりで足がとまった、二十代の頃からよく通った店。つまりデートコースなのでした。明治座に近いため、昔は歌舞伎、新派、新国劇の関係者がよく来ていた瀟洒な酒亭で、役者のサインを集めた扁額などが飾ってあり、年配のオカミさんから聞く古い芝居や役者のうわさ話も楽しみな下町らしい店だった。
いまや明治座も演歌と大衆演劇ばかりになって、ちょっと侘しいが、子供の頃は、芝居好きのオフクロに連れられてよく歌舞伎と新派を観劇させられた。新派では、花柳章太郎がお婆さん役の喜劇『明日の幸福』で爆笑した。子供だったので『婦系図』(おんなけいず)のような悲恋ものは退屈した記憶あり。オヤジが新国劇にハマったときには、うちの食料品店の従業員一同を連れて男ばかりで総見した。『極付・国定忠次』『瞼の母』『関の弥太ッぺ』『白野弁十郎』(シラノ・ド・ベルジュラックの日本版ね)『一本刀土俵入り』、そして全俳優が殺陣(タテ)を見せる新国劇ならではの『殺陣田村』これは実に素晴らしい演目だった。観客はというと渋いオジサンばかりで、掛け声も「辰巳ッ!」「島田ッ!」と勇ましい。で、ぼくはすっかり島田正吾の大ファンになってしまった。
甘酒横丁をまっツぐ浜町へ、右手に「浜町・薮そば」の暖簾が見えてきた。洋子ちゃん開演までは小一時間、迷わず薮で蕎麦を食べる。そば屋の千社札が連名で飾ってあり、見ているだけで江戸の気分になる。こーゆーインテリアが好きなのですよ。最近は小洒落た内装でジャズを流すような蕎麦屋があるがカンベンしてほしい。そしていざ明治座へ。
明治座が開業してから140年と書かれてあるのには驚いた。そんなにも古い劇場なのか。戦前は松竹系だったらしいが、戦後は独立している。そういえば、大先輩イラストレータ湯村輝彦さんのお父上は明治座の支配人をされていた、と湯村さんから聞いたことがある。それで子供のときはよく歌舞伎をココで観たという。湯村さんはぼくより四歳年上だから、子供の頃に同じ芝居を観ていたかも知れないな。ちなみにぼくが湯村さんのことを大先輩と呼ばさせていただける理由は、中学・高校が同じ青山学院。そして同じく多摩美術大学グラフィックデザイン科の出だったからです。東京ッ子には湯村さんという、かっこいい大先輩がいるという幸福。
明治座も改装後は来ていなかったけれど、雰囲気はむかしのままに華やかな劇場で期待感が高まる。ローカルな民謡と演歌ではどうなのかなとは思ったが、振り袖姿の長山洋子にはピッタリの舞台だった。三味線を弾いて歌う演歌『じょんから女節』。はじめてナマで聴くが、その唄と撥さばきの気迫たるや素晴らしい。幼い頃から鍛えあげた声だけあって、これが日本の伝統的な民謡の歌唱法だとよくわかる。高音の音域が裏声にならずに、どこまでも高く澄んで美しい。R音巻き舌の心地よさは、洋子ちゃんが東京生まれだからでしょう。巻き舌の発声法は「民謡」からではなく、「関東節」(東京の浪曲)から生まれたものだと思う。本調子で歌う民謡『佐渡おけさ』では、日本海の海の色が目に浮かんだ。いいねえ、民謡は日本全国の宝ですよ。こういう明治座なら、つまらない芝居などよりずっといいじゃないかと思った。  前に書いた洋子ちゃん→[id:osamuharada:20090701]