夜明けの海辺

osamuharada2011-09-02

いっこうに夏らしくない今年のパリで、避暑地のように過ごしやすいのは助かった。しかし何かモノたりなさを感じたのは、夏だというのにまだ一度も海を見ていないことだった。もはや泳いだり潜ったりはしないが、それでも夏の海が好きで見たくなる。八月のドーヴィルと隣のトゥルーヴィルの海岸へ行ってきた。
サン・ラザール駅から特急で約2時間。パリ市内を出るとすぐに田園風景がはじまる。畑とともに、牛、羊、馬などが緑の牧場に点在する。日本の風土と違って、起伏に富んだ山が無く、低い丘があるだけで、どこまでも平べったい大地が延々と続いている。パリに来てすぐに電車でシャルトルへ行った時にも、まったく同じ平らな風景が続いていた。農業と酪農の国だというのが一目でわかる。食料自給率が高いはずだな。
ドーヴィルもトゥルーヴィルも、バカンスの季節だったので、湘南なみに混んでいた。海辺に面したトゥルーヴィルのホテルに泊まったが、昼はまるで遊園地のようで、子供の嬌声が絶え間ない。おまけにサヴィニャックのポスターが街中にあるから、どこまでもお子様向けの陽気な海岸だ。ドーヴィルのほうの長い海岸は、際まで車が入れるためか若者と家族連れで、ごったがえしていた。気温が上がらないから、海に入るひとはすくない。もっとも浅すぎて泳ぐための海岸ではないのだろう。カフェもレストランもいっぱいで、ちょっとゲンナリしたが、食欲だけはあるので、海に来たからには、と青いオマール海老に、シーズンのムール貝を食べた。
朝が明けてみると、やっと海岸にひとけのない時間がやってきて、静かな自然の海を見ることができた。遠浅の海は、ベージュ色の砂浜を透過して、くすんだブルーだ。むしろ鏡のように空の色を反映するから、空色といったほうが正解かな。ヨットの帆がよく似合う渋い青の色だった。カラフルな縞模様のパラソルが、閉じてキャンディのように並んで立ててあるのは、百年も前からこの地の名物で、いかにもフランス特有の女性的な可愛らしさがある。
ドーヴィルの海岸で、犬と人が散歩するシルエットを眺めていたら、当然ながら映画『男と女』の海のシークエンスを思い出す。あれは冬のドーヴィルだったから、大人の絵になったのですね。監督クロード・ルルーシュの、手持ちカメラワークや編集が抜群だったことを、実景を見て再認識した。撮り方ひとつで、同じ風景でもあんなに違って見えるわけだ。またあの活き活きとして美しい映像を観たくなった。
トシをとると、海の印象も、ずいぶんと変わってくるものですね。どの海を見ても、過ぎた日の、数々の海辺の記憶がよみがえる。回想というものは、老後の楽しみなのでしょう。