湯島のトラ

osamuharada2007-12-26

しばらくメニューから消えていた、湯島シンスケの炒り豆腐がやっと復活しましたと、マガジンハウスの岡本さんから知らせがあった。その経緯は岡本さんのhttp://fablog.tumblr.com/post/22350057
をご覧いただくとして、ぼくも今日シンスケにいって来ましたよ。やっぱり旨いな、東京下町特有の甘辛の味。この炒り豆腐については以前書いたことがありました。(id:osamuharada:20060616) 
そこに書いた、久保田万太郎の飼い猫トラの子孫(と勝手に決めている)のトラちゃんにも会いたかったので、シンスケへ行く前に、猫好き友達を引き連れて湯島天神下へ案内したのですが、夕暮れの女坂は早くも冷え込んできたせいか、いくら呼んでも野良猫トラは出て来ない。 ついこないだ行った時は、炒り豆腐は無かったけれどトラはいたので、思いっきり可愛がってやったのになァ、残念。 上の挿絵は、ぼくが三十五歳の頃に描いた、万太郎にトラの図です。木村荘八を気取って描いたような挿絵で、われながら生意気なイラストレーターでしたね。荘八も猫好きで有名だったから、荘八風に描いたんだよなどと、人には言い訳していましたよ。当時はぼくにも飼い猫がいて、いつも仕事机の上に寝そべっていたのです。あの頃の、猫のいる満ち足りた幸福感が懐かしい。 しかし犬でも猫でも、何度経験してもその死に目にあうことは辛くて、思い出すといつまでも悲しいもんですね。 鎌倉から湯島天神下にトラとともに引っ越した万太郎の句に、《 十年、わが家にすみつきたる猫、トラの死をかなしむ 六句 》と前書きして、
   汝 が 聲 に ま ぎ れ な か り し 寒 夜 か な
   汝 が 聲 の 枕 を め ぐ る 寒 夜 か な
   鎌 倉 に か も 汝 は 去 り し 寒 夜 か な
   汝 を お も ふ 寒 夜 の く ら き 海 お も ふ
   汝 が 眠 り や す か れ と の み 寒 夜 か な
   汝 が 聲 の 闇 に き え た る 寒 夜 か な
帰りがけにもう一度、湯島天神下の旧万太郎宅の前を歩いたら、やはりトラは出てこなかったけれど、ひっそりと新内の三味線の音が奥から聞こえてきて、遠く昔の東京に引き戻されたかのようでした。