小村雪岱の梅

osamuharada2007-02-14

暖冬で、梅はすでに開花しましたが、やっぱり梅は厳しい寒さのなかで咲くからこそ美しいと思います。尾形光琳の描く梅、伊藤若冲の梅、富岡鉄斎の梅、日本にも梅花図の名作は数々あって、ぼくは毎年どこかで梅が咲くと、すぐに絵に描かれた梅も見たくなってくる、といった梅と梅の絵が好きな、梅マニアなのです。
この小村雪岱ゑがく団十郎の観梅図、これもまた梅をモティーフにした名作ですね。邦枝完二の大衆小説「初代団十郎」の装丁本に描かれました。緑色の箱から出すと、市川団十郎の家の色である「柿色」の木版一色刷り。雪岱といえばまず美人画で、多くの女性像は浮世絵の鈴木春信か歌川国貞に倣い、しかも雪岱らしく清新なモダニスムに溢れた、自らの様式美を持っていました。珍しく男性像を描いたこの絵のスタイルは、初代団十郎が生きた元禄頃の時代に合わせて、春信より前の江戸時代中期、鳥居清信、奥村政信などが描いた様式に倣って描かれています。春風駘蕩たる元禄風でありながらも、雪岱にかかるとどこかクールな感じがするのです。シルエットになった梅花は大きめで、これは浮世絵的手法ではなく、むしろ江戸初期の俵屋宗達下絵による料紙のような、ディフォルメされた描法です。そしてこの梅の形といい構図といい、小さな表紙の中の絵であることを忘れさせて、夢幻的な広がりを感じさせています。梅が香も匂わんばかりの画品の高さ。
この初代団十郎は、同じ役者の生島半六に斬られ、舞台上で最期を遂げることになるのですが、この時代小説ではその部分がクライマックスになっています。そこで雪岱は、元禄の浮世絵には無かった現代的解釈をこの団十郎の表情に与えて、全体にスタティックなたたずまいを表現しているのです。この団十郎の運命に対する愛惜の念までを描いています。そして小説とは無関係に、この場面に選んで梅を配するセンスというのが凄いですね。もう梅以外は考えられない、といった気にさせる。名だたる挿絵家で、しかも意匠家ならではの仕事でしょう。江戸時代を描くことができる、これほどのイラストレーターは雪岱以後にはもう現われていません(断言しちゃう)。また小村雪岱こそ最後の浮世絵師といってもいいでしょう。