木村伊兵衛写真集「パリ」

osamuharada2006-05-08

若い頃に買い逃してしまっていた一番好きな写真家木村伊兵衛の写真集「パリ」をやっと古本で手に入れました。昔に見たので今見たら古めかしく感じるだろうか?という懸念は、頁を開いたとたんに一掃されました。画面のなかに吸い込まれて、たった今そこに自分が立ちどまって通りや人を眺めているような気分になります。空気や温度を感じ、町の音までが聞こえてくるかのようです。しばらく見ているとその構図の巧まずして(と思わせて)絶妙なることに気がつくのです。木村伊兵衛はその主観を自ら排除し、写真家の存在を見る人にはまったく忘れさせる写真を撮ることのできた、なんとも軽妙洒脱で稀有な写真家だったと思います。
あとがきに替えての木村伊兵衛の談話を読むと、江戸っ子のべらんめえ口調がまた小気味いい。こんな感じ、「パリでねらったのは、庶民を撮ることですよね。だから、シャンゼリゼーやオペラ通りなどは通りいっぺんという感じで、宿屋の近くの汚ねえところばかり歩ってました。メニールモンタンとかサン・ドニ辺ですね」、「ボビノという寄席は、夜の9時から始まって、シャンソンをやってる。そのシャンソンをききながら酒を飲んでるってんですから、イキなもんですよ。そこでジュリエット・グレコをみた。もういい女なんですよ、あれは。こう長い髪をたらしちゃいましてね、それで全身黒づくめ。だから顔や手足が妖しいぐらいに白くみえるんですよ。ですけどね、写真は撮っちゃいけねえってんだ」という調子。これでカルチエ・ブレッソンやドアノーとの愉快なパリでの交際の数々が語られるというわけですからファンにはたまらない。
この談話が1974年3月30日の日付です。調べたらその5月31日に木村伊兵衛は亡くなっていました。遺作となった写真集「パリ」は9月20日の出版。せめて校正刷りまでは見られたんじゃないかなと思いたいです。