ヒッチコック映画

osamuharada2013-04-16

日比谷のシャンテにて新作映画『ヒッチコック』を観る。期待に反して凡庸な作品。アルフレッド・ヒッチコック監督が、あの『サイコ』を撮っていたころの内輪話的フィクション。ヒッチの奥さん役、英国女優ヘレン・ミレンの演技だけはうまかったな(また「好きな女優で観る」ですが)。しかし脚本が雑駁で、せっかくの名女優をもったいない。ヘレンが黒いキャデラックを運転して、パラマウント映画のスタジオへ颯爽と入ってゆく場面など、六十年代のハリウッド風物が結構楽しめたからまあいいとしよう。こういう時代考証や美術センスに関しては、さすが手間ヒマと金をかけるのがアメリカ映画ですよね。
この映画の監督は1966年生まれというから、’60年のヒッチコック映画『サイコ』が当時どれだけ斬新で、興味深く世間から受け入れられたかなんて、かいもく解っちゃいないのね。これじゃヒッチコックファンとしてはものたりなさを感じるよな。有名なシャワー室の殺人場面で、裸のジャネット・リーが刺される撮影現場のところなど、あれじゃ漫画だろ。このミステリー映画史上最高のシークエンスは、実際は有名なデザイナーのソウル・バスがコンテを描き、一週間もかかって撮影をしたという話なんか、もっときちんと見せたら面白くなったはずなのにね。後付のクレジットではソウル・バス役の俳優の名もあったのに、映画じゃどれが誰だか分からない。この若い監督には、ヒッチコック映画への〈敬意〉というものがあまりにも無さすぎると思ったね。というわけで残念無念でした。
映画館の外に出たら、壁にむかしの巨大な日比谷映画劇場で『サイコ』を封切ったときのこの写真が飾ってあった。半世紀も前、ぼくもココで観ていたからこれはとても懐かしかった。当時は小林信彦さんが編集長の日本版『ヒッチコックマガジン』を愛読していたし、TVでは『ヒッチコック劇場』が放映されたのを毎週欠かさず見ていた十代の頃だったから、個人的にも熱狂的に始まったロードショーなのでした。『サイコ』の予告編もよく覚えている。ヒッチコック自身が観客に語りかけるスタイルで、面白いうえに期待でワクワクさせられた。当時としては珍しくこの映画に限り〈入れ替え制〉で、上映途中からの入場は禁止された。ヒッチコックにかかると広告宣伝さえも巧妙なエンターテインメントだったのですね。そしてミステリーと映画の幸福な時代が、かつて確かにあったということでしょうか。
YouTubeを探したら、その予告編がありました。懐かしいなァ…。