銀座・奥村書店

osamuharada2005-03-17

表通りは、軒並み海外ブランド屋の銀座になっちゃいましたが、松屋ルイ・ヴィトンの角を入って少し歩けば、右側に昔ながらの小さな「奥村書店」があります。主に歌舞伎や新派、能や邦楽関係の専門書などで知られた古本屋さんです。ぼくは20代の頃から銀ブラの散歩ルートでよく通いました。明治大正の鏡花、荷風、万太郎をはじめ、三田村鳶魚、芝居に落語、一九、三馬、京伝、種彦などから江戸時代への興味に目覚めさせてくれた本屋さんの一つでした。他はすべて神田神保町古書店街で仕入れましたから、ここは銀座で唯一古いモノに出会える場所でした。昔は奥の帳場におばあちゃん(今のご主人のお母さん)がチョコンと座っている時がたまにあって、昔話を聞くのが楽しみでした。帳場の後ろの壁には十一代目団十郎が楽屋で「御所の五郎蔵」の顔を拵えているカラー写真が飾られていて、おばあちゃんは「ほんとに男前でござんしたねェ」などとため息まじりで話していたのが可愛かったのでした。戦前(空襲で焼かれる前)までの銀座では、古本屋さんは露天の夜店が多かったそうで、奥村さんの先代もそういうお店だったと聞きました。セーヌ河畔のブキニストのような感じだったんでしょうね。ぼくのおふくろも若い頃、爺さんと親子二人でそんな夜店をひやかして、銀ブラするのが楽しみだったのよ、とよく云っていました。つい昨日、ぼくはここで木村荘八の挿絵が数多く入った、徳田秋声の小説『爛(ただれ)』を買いました。精緻な木口木版の口絵も一枚ちゃんとついている特装本なのに4千円なり。ご主人に「小説よりナンでしょ、絵でもってお買いになるんざんしょうね」とズバリいわれて、仕方なくハイそうですと答えたら「これは絵のほうがずっと評価が高いんで、お目が高い」と励ましてくれました。良かった。現在、芝居関係専門の膨大な書籍類は、歌舞伎座の楽屋口のある昭和通りをはさんで、向かいの新しいビル1階の支店(こっちのが大きくて広い)に引っ越しています。最近は歌舞伎ファンの若い女性客が増えたような気がします(昔は年寄りしかいなかった)。いい傾向です。それに今どきの銀座で、古本屋さんが二軒に増えたとは、とても喜ばしきことですね。ネットで買うのも便利だけれど、散策の途中でフラッと入って、たまたま欲しかった本を見つけたり、見つからなかったりすることが(トシのせいか)また楽しいのでした。