ペーター佐藤:人と仕事

osamuharada2016-05-03

ペーター佐藤は、あまりにも早く逝ってしまった。(1945〜1994)イラストレーターとしては、四十歳代の絶頂期を迎えていた頃だった。(右の写真は息子のタケちゃんが撮影)
ペーターは好きで仕事をしていたのだが、かたわらで見ていて過労が気になり、仕事のしすぎを心配してぼくは何度も注意をしていた。しかし仕事を断ることができないのは性分だった。若い頃、仕事のスケジュール表を見せてもらったことがある。数えたら月に平均25本以上の広告や出版社からの注文が殺到していた。しかも手のかかるエアーブラッシュ描法は、一枚描くのにも二日はかかる。寝食を忘れての徹夜仕事が年間を通じて続いていた。
AIRBRUSH WORKとは、紙に絵筆で色を塗るのではなく、コンプレッサーで色インクを吹き付けて絵を描く作業です。まず指定の部分に噴霧された色がはみ出ないようにマスキングを施す。細かくカッターでマスキングペーパーやトレペを切り抜く根気がいる仕事。「毛抜き合わせ」といった緻密な技術が必要とされる。さらに色を吹き付ける工程は一発勝負です。思い切りのよさと細心の手技で一瞬のうちに描く。作業が逡巡することは許されない。霧になった有毒な色インクを吸入する危険もともなっている。
ペーターのイラストは、手の込んだ複雑なテクニックでありながら、見た目にはそれを感じさせず、むしろ軽やかな清涼感にあふれている。現代はパソコンという道具を使って、どんな表現でも機械的にできる時代になったから、今の若い人には、ペーターの絵がコンピューターを駆使して描いたものだと思われるかもしれない。しかし描かれた人物の「眼」をよく見ていただきたい。けして機械的な無機質さに陥らず、生き生きとして遠くを見通す眼がそこに描かれている。透明で涼やかで、やや憂いを含んでいる「眼」には、誰もが魅了されるはずだ。
コンピューターグラフィックスが発達しはじめた80年代になると、ペーターは逆にアナログ的な手法のパステル画を選んだ。この技法でも、緻密さと清々しさはそのまま変わることがなかった。パステルでの細密な描写は、原画を拡大(実際の印刷サイズより大きく)して描くことで可能になり、また大画面に描けば、手のストロークを活かして、よりスピーディーで大胆な筆勢が生まれる。ペーターは大きな紙をイーゼルに置いて、自身は立ったままで描いていた。イーゼルをやや前傾させていたのは、パステルの余分な粉末が画面に付着しないよう下に落とすための工夫だった。この立ち通しの作業にも徹夜が続いた。「一気に描かないと、途中で気が抜けちゃうからね。」と言って、食事もとらない日々もあった。ペーターの集中力には脱帽したけれど、ぼくは会えば必ず仕事のしすぎを注意してばかりいた。何故もっと強引にでも仕事場から引き離せなかったのか、いまだに後悔をする。
ペーターは鏑木清方が好きだった。晩年の清方を撮った写真にペーターが似ていたので、きっとトシ取ったらペーターもあんな風な老人になれるよ、とぼくはよくからかったことがある。ちょっと嬉しそうにペーターが微笑んでいたのも、はるか遠い思い出となってしまった。
ペーター佐藤森本美由紀 『 FASHION ILLUSTRATION 展 』 part 2
5月5日(木)〜5月22日(日) PALETTE CLUB http://www.pale.tv/
  ※ 森本美由紀さんについて→ [id:osamuharada:20150724]